Section 7 | ||
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この節では,様々に異なる環境の中でどのように文法役割およびそれらを表示する助詞のアノテーションを行うべきかについて説明する。 まず主要文法役割について説明し,次に任意文法役割について述べる。
まずは主要文法役割を伴う名詞句が単文中に顕在する場合について説明する。主要文法役割とは,名詞句によって表される項(argument)が,それを選択する述語に対してもつ文法役割であり,述語の完全な解釈のために不可欠な構成素である。述語は少なくとも,主語役割をもつ名詞句を要求する。
主要文法役割は,NP-SBJ,NP-SBJ2,NP-LGS,NP-OB1,および NP-OB2 とラベル付けされたノードによって示され,典型的には,「が,に,を,の」等の助詞によって表示される。しかし,「は」や「も」のようなとりたて助詞によって表示されることもある。また,助詞を伴わないで現れることもある。
NP が主要文法役割を担い,しかもとりたて助詞以外の助詞を伴う場合,当該の助詞自身についての情報を含む,曖昧性解消のための情報をラベル付けすることが必要になる。下の例では,(PP 田中さんが)の後に (NP-SBJ *が*) が続き,「が」を主要部とする PP が主語文法役割をもつ NP を含むことが示されている(8.1を参照)。この例では,第一目的語や第二目的語に対しても同様の処置が行われている。
(31)
漁夫がその女房に金を渡しているところだった。
( (IP-MAT (PP (NP (N 漁夫))
(P が))
(NP-SBJ *が*)
(PP (NP (D その)
(N 女房))
(P に))
(NP-OB2 *に*)
(PP (NP (N 金))
(P を))
(NP-OB1 *を*)
(VB 渡し)
(P て)
(VB2 いる)
(AX ところ)
(AX だっ)
(AXD た)
(PU 。))
(ID 80_aozora_Kobayashi-1929_a))
すべての述語は必ず主語文法役割をもつ構成素をもつと考えられる。したがって,一項述語は項として主語を取ることになる。一般に,主語は再帰代名詞「自分」の先行詞となり,述語の尊敬語化を可能にする。意味的に見ると,主語は典型的には他動詞および非能格述語の動作主,非対格述語の対象,および状態述語の経験者,所有者,または状態動詞の属性保持者である。
関係節の中では主語は典型的には「が」で表示されるが,文脈に応じて「が」以外の格助詞によって表示されることもある。例えば,名詞を修飾する句の中で,「の」が主語を表示することもある。
(32)
これは、わが社の開発した最新型のワープロです。
( (IP-MAT (PP (NP;{STUFF_898} (PRO これ))
(P は))
(NP-SBJ *)
(PU 、)
(NP-PRD (IP-REL (NP-OB1 *T*)
(PP (NP;{SPEAKER_899} (PRO わが)
(N 社))
(P の))
(NP-SBJ *の*)
(VB 開発)
(VB0 し)
(AXD た))
(PP (NP (N 最新型))
(P の))
(N ワープロ))
(AX です)
(PU 。))
(ID 899_textbook_kisonihongo))
「に」は,所有を表わす動詞「ある」「いる」,能力を表す動詞「できる」「分かる」「見える」「聞こえる」等,感情を表すイ形容詞「うれしい」等の用言の主語を表示することができる。
(33)
実をいうと、私にもその理由はわからない。
( (IP-MAT (PP (IP-ADV (PP (NP (N 実))
(P を))
(NP-OB1 *を*)
(VB いう))
(P と))
(CND *)
(PU 、)
(PP (NP;{SPEAKER_129} (PRO 私))
(P に)
(P も))
(NP-SBJ *に*)
(PP (NP;{REASON_129} (D その)
(N 理由))
(P は))
(NP-OB1 *)
(VB わから)
(NEG ない)
(PU 。))
(ID 129_textbook_kisonihongo))
さらに,「で」「から」が主語役割を表示するのに用いられることがある。
二項述語の場合,主語以外の文法役割をもつ項を表示する典型的な格助詞は「を」であるが,他にも「が」「に」の格助詞が使用されることがある。これらは,NP-OB1 とラベル付けされる。
(34)
四季の中では、秋が一番好きだ。
( (IP-MAT (NP-SBJ *speaker*)
(PP (NP (PP (NP (N 四季))
(P の))
(N 中))
(P で)
(P は))
(PU 、)
(PP (NP (N 秋))
(P が))
(NP-OB1 *が*)
(ADVP (ADV 一番))
(ADJN 好き)
(AX だ)
(PU 。))
(ID 329_textbook_kisonihongo))
(35)
私はハタとある事に気がついたのです。
( (IP-MAT (PP (NP (PRO 私))
(P は))
(NP-SBJ *)
(ADVP (ADV ハタと))
(PP (NP (D ある)
(N 事))
(P に))
(NP-OB1 *に*)
(VB 気がつい)
(AXD た)
(P の)
(AX です)
(PU 。))
(ID 268_aozora_Edogawa-1929))
本アノテーション方式では,主語以外の文法役割を指すのに伝統的な言い方を避けることにする。二項述語では文の主語でない項は,形式的に NP-OB1(第一目的語)とされることに注意する必要がある。「に」によって表示され,伝統文法で間接目的語とされるものであっても,本アノテーションでは NP-OB1 とされることがある。
三項述語が「を」によって表示された項を伴う場合,規則的に OB1(第一目的語)とされる。OB2(第二目的語)は「に」や「と」によって表示される。
(36)
叔父は花子に小遣いを与えた。
( (IP-MAT (PP (NP (N 叔父))
(P は))
(NP-SBJ *)
(PP (NP;{HANAKO_204} (NPR 花子))
(P に))
(NP-OB2 *に*)
(PP (NP (N 小遣い))
(P を))
(NP-OB1 *を*)
(VB 与え)
(AXD た)
(PU 。))
(ID 204_textbook_kisonihongo))
(37)
太郎がその犬をポンと名付けた。
( (IP-MAT (PP (NP;{TARO_185} (NPR 太郎))
(P が))
(NP-SBJ *が*)
(PP (NP;{DOG_185} (D その)
(N 犬))
(P を))
(NP-OB1 *を*)
(PP (NP (NPR ポン))
(P と))
(NP-OB2 *と*)
(VB 名付け)
(AXD た)
(PU 。))
(ID 185_textbook_kisonihongo))
主要文法役割をもつ名詞句であっても,その役割を指す助詞がつねに付加されるとは限らない。第一に,「は」や「も」のようなとりたて助詞を伴うことがある。このような場合,当該の助詞句(PP)の直後に新しいノード (NP-SBJ *) 等を付け加える必要がある。
(38)
花子はまだ学生に見える。
( (IP-MAT (PP (NP;{HANAKO_374} (NPR 花子))
(P は))
(NP-SBJ *)
(ADVP (ADV まだ))
(PP (NP (N 学生))
(P に))
(NP-OB1 *に*)
(VB 見える)
(PU 。))
(ID 374_textbook_kisonihongo))
助詞が省略された場合には,主要文法役割の場合は省略された助詞そのものを補うことはせず,当該の名詞句に対して,文法役割を指定する NP-SBJ や NP-OB1 のようなラベルを付ける。
(39)
君、あの本読んだ。
( (CP-QUE (IP-SUB (NP-SBJ;{HEARER_952} (PRO 君))
(PU 、)
(NP-OB1;{BOOK_952} (D あの)
(N 本))
(VB 読ん)
(AXD だ))
(PU 。))
(ID 952_textbook_kisonihongo))
主要文法役割を担う名詞句が文中で明示されない場合として,ゼロ代名詞,関係節内部のトレース,および主節の名詞句によりコントロールされている場合の3通りが考えられる。文中の名詞句の意味が文脈から理解できるにも関わらず,それが明示されていない場合はゼロ代名詞である。この場合,ゼロ代名詞の表示として,NP-SBJ のような文法役割を示すノードの下に *pro*, *arb*, *hearer*, *speaker* などの終端記号が記入される。
(40)
けれども、いつ来るか、わからない。
( (IP-MAT (NP-SBJ;{DAZAI} *speaker*)
(CONJ けれども)
(PU 、)
(CP-QUE (IP-SUB (NP-SBJ;{DAZAI_FRIENDS_DRINKING} *pro*)
(NP-TMP (WPRO いつ))
(VB 来る))
(P か))
(PU 、)
(VB わから)
(NEG ない)
(PU 。))
(ID 80_aozora_Dazai-1-1940))
詳しくは,6 節を参照。
従属節中に名詞句が出現しなくとも,主節の名詞句によりコントロールされているために意味を補って理解できることがある。このような場合,特別の情報の付加は不要である。以下の例で,助詞「て」が導く従属節の主語は明示されていないが,主節の主語「わたし」によって補われる。
(41)
急いでわたしは出かけました。
( (IP-MAT (IP-ADV (VB 急い)
(P で))
(SCON *)
(PP (NP;{SPEAKER_25} (PRO わたし))
(P は))
(NP-SBJ *)
(VB 出かけ)
(AX まし)
(AXD た)
(PU 。))
(ID 25_misc_EXAMPLE))
NP 以外の句カテゴリーをもち,項となりうる句には CP-THT, IP-SMC, および PP がある。現在のところ,これらを付加句から区別する一貫したアノテーションは行われていない (7.2) を参照)。
任意文法役割は付加句(副詞節,副詞句,および様々な助詞句)によって担われる。付加句は任意的な構成素であり,述語の解釈に際して本質的なものではない。
付加句としての助詞句(PP)は,名詞句に「に」「へ」「で」「から」「まで」「と」等の格助詞が後続して形作られる。主要文法役割をもつ PP 項の場合と異なり,これらの PP 付加句に対しては文法役割の曖昧性解消のための情報は不要である。名詞句に付加された助詞だけで,述語に対する関係を規定するには十分である。 例えば,
(42)
ビルは列車でパリに行った。
( (IP-MAT (PP (NP (NPR ビル))
(P は))
(NP-SBJ *)
(PP (NP (N 列車))
(P で))
(PP (NP (NPR パリ))
(P に))
(VB 行っ)
(AXD た)
(PU 。))
(ID 1181_misc_JSeM_beta_150530))
格助詞「に」については,主要文法役割と任意文法役割双方の表示に使用される。それぞれの用法を,共起する述語とともに以下に挙げておく。なお,主要文法表示の「に」は,項の数を増加させる態(ヴォイス)形態素と共起する場合を除き,文の主語(NP-SBJ),第一目的語(NP-OB1),または第二目的語(NP-OB2)をマークする。
(43)
私はその子にお菓子をあげた。
( (IP-MAT (PP (NP;{SPEAKER_289} (PRO 私))
(P は))
(NP-SBJ *)
(PP (NP;{CHILD_289} (D その)
(N 子))
(P に))
(NP-OB2 *に*)
(PP (NP (N お菓子))
(P を))
(NP-OB1 *を*)
(VB あげ)
(AXD た)
(PU 。))
(ID 289_textbook_kisonihongo))
(44)
ジョンは先生にしかられた。
( (IP-MAT (PP (NP (NPR ジョン))
(P は))
(NP-SBJ *)
(PP (NP (N 先生))
(P に))
(NP-LGS *に*)
(VB しから)
(PASS れ)
(AXD た)
(PU 。))
(ID 22_misc_BUFFALO))
任意文法役割を表示する格助詞が省略された場合は,助詞句(PP)の投射が作られ,省略された助詞が終端ノード「*に*」などの形で補われる。
(45)
君、明日のパーティー出席するか。
( (CP-QUE (IP-SUB (NP-SBJ;{HEARER_1325} (PRO 君))
(PU 、)
(PP (NP (PP (NP (N 明日))
(P の))
(N パーティー))
(P *に*))
(VB 出席)
(VB0 する))
(P か)
(PU 。))
(ID 1325_textbook_kisonihongo))
これについては,8.10 節も参照。
任意文法役割を伴う名詞句が空要素となるのは関係節中のトレース以外にはない。任意文法役割をもつゼロ代名詞やコントロールなどというものは存在しない。付加詞のもつ文法役割が時間または場所である場合,その情報はラベルの拡張として付け加えることができる。
(46)
ここが高津さんが講演したところだ。
( (IP-MAT (PP (NP;{CURRENT_PLACE_1198} (PRO ここ))
(P が))
(NP-SBJ *が*)
(NP-PRD (IP-REL (NP-LOC *T*)
(PP (NP;{TAKATSU_1198} (NPR 高津さん))
(P が))
(NP-SBJ *が*)
(VB 講演)
(VB0 し)
(AXD た))
(N ところ))
(AX だ)
(PU 。))
(ID 1198_textbook_kisonihongo))
修飾される主名詞の文法役割を表示するために用いられる格助詞を '*' で囲み,NP のトレースとともに PP の下に表示することも出来る。例えば,次の例のトレースは (PP (NP *T*) (P *に*)) のように,*に* を主要部とする PP の下に置かれている。
(47)
早朝、彼は住み慣れた町を出で立った.
( (IP-MAT (NP-TMP (N 早朝))
(PU 、)
(PP (NP (PRO 彼))
(P は))
(NP-SBJ *)
(PP (NP (IP-REL (PP (NP *T*)
(P *に*))
(NP-SBJ *pro*)
(VB;{住み慣れる.01} 住み慣れ)
(AXD た))
(N 町))
(P を))
(NP-OB1 *を*)
(VB;{出で立つ.01} 出で立っ)
(AXD た)
(PU .))
(ID 163_dictionary_vv-lexicon_20150226))
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