Section 26 | ||
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従属節あるいは空所なし名詞修飾節(IP-EMB)においてゼロ主語代名詞が何に言及しているかは,隣接する節の項である先行詞(antecedent)によって決まる。 このような状況における先行詞とゼロ主語代名詞の関係をコントロール(control)と呼ぶ。 言語学ではゼロ主語代名詞は普通,(big)PRO と呼ばれるが, これは明示的な代名詞のラベルと衝突するため, 以降,これをコントロールの受け手(controllee)と呼ぶことにする。
可能な限りインデクス付けを避けるという,本アノテーション体系の一貫した意図(例えば 6節における空要素のアノテーションを参照)に従い,(big)PRO のアノテーションは行わない。 したがって,コントロール関係の明示的な表示は行わない。 それにもかかわらず,コントロールに関する情報は,アノテーション中の構造から得ることが出来る。 この節では,コントロール環境を作り出すアノテーションの輪郭(configurations)について述べる。 表3に,従属節となる場合にどの種類の節がコントロール環境を生じるかを示す。
表3から,コントロール環境は関係節(IP-REL),命令節(IP-IMP),および主節(IP-MAT)の層を通じては成り立たないことがが見てとれる。 後の2種類の節,すなわち IP-IMP と IP-MAT は,引用の文脈を除いて,埋め込まれることは決してない。 コントロール環境は IP-SUB の層(必ず CP* 類の下に置かれる)を通じても成り立たない。 ただし,小節(IP-SMC)の層は CP-THT の下に直接置かれていても,それを通じてコントロール環境が成り立つことに注意が必要である。 また,副詞節(IP-ADV)の層は曖昧性解消のための CND または SCON を伴う場合のみコントロール環境が成り立つことにも注意されたい。
以下,コントロールを容認する従属節の配置パターンを,必要な曖昧性解消情報および結果として生じるコントロール関係とともに示す。
アノテーションに際しては,高位の節中のコントロール元として,次の順で(これらが存在し,アクセス可能な場合には)デフォールトとしてコントロール継承が行われると考える。
受動文の場合,副詞節(IP-ADV)に対して,デフォールトとして次の種類の名詞句の順番でコントロール継承が行われる。
他方,埋め込まれた節(IP-SMC)の場合,コントロールの階層中では NP-SBJ が能動文と同じ位置を占め,NP-LGS よりも上位となる。
IP-SMC は主語をもつ節としてアノテーションされることはなく, また,義務的にコントロール環境を生じる。 IP-SMC は典型的には補部を形作り,上位の節の中のすべての種類の項によりコントロールを受けることが出来る。 コントロール元となる優先順位は,NP-OB2,NP-OB1,NP-SBJ となる(これらが存在する場合に限られるが)。 その際,これらの名詞句の位置は無関係である。
以下の図は,埋め込む側の中の異なる種類の項に対してコントロール関係がどのように依存するかを示している。
(269)
私は弟を買い物に行かせた。
( (IP-MAT (PP (NP;{SPEAKER_14} (PRO 私))
(P は))
(NP-SBJ *)
(PP (NP (N 弟))
(P を))
(NP-OB1 *を*)
(IP-SMC (PP (NP (N 買い物))
(P に))
(VB 行か))
(VB せ)
(AXD た)
(PU 。))
(ID 14_misc_EXAMPLE))
(270)
「どこからパンを買ってきて、この人々に食べさせようか」。
( (CP-QUE (-LRB- 「)
(IP-SUB (NP-SBJ *speaker*)
(IP-ADV (PP (NP (WPRO どこ))
(P から))
(PP (NP (N パン))
(P を))
(NP-OB1 *を*)
(VB 買っ)
(P て)
(VB2 き)
(P て))
(CONJ *)
(PU 、)
(PP (NP (D この)
(N 人々))
(P に))
(NP-OB1 *に*)
(IP-SMC (NP-OB1 *pro*)
(VB 食べ))
(VB させ)
(MD よう))
(P か)
(-RRB- 」)
(PU 。))
(ID 397_bible_new))
(271)
私は弟に買い物に行ってもらった。
( (IP-MAT (PP (NP;{SPEAKER_16} (PRO 私))
(P は))
(NP-SBJ *)
(PP (NP (N 弟))
(P に))
(NP-OB1 *に*)
(IP-SMC (PP (NP (N 買い物))
(P に))
(VB 行っ)
(P て))
(VB もらっ)
(AXD た)
(PU 。))
(ID 16_misc_EXAMPLE))
(122)
私は弟にケーキを食べられた。
( (IP-MAT (PP (NP;{SPEAKER_17} (PRO 私))
(P は))
(NP-SBJ *)
(PP (NP (N 弟))
(P に))
(NP-OB1 *に*)
(IP-SMC (PP (NP (N ケーキ))
(P を))
(NP-OB1 *を*)
(VB 食べ))
(VB られ)
(AXD た)
(PU 。))
(ID 17_misc_EXAMPLE))
(273)
弟に私はケーキを食べられた。
( (IP-MAT (PP (NP (N 弟))
(P に))
(NP-OB1 *に*)
(PP (NP;{SPEAKER_18} (PRO 私))
(P は))
(NP-SBJ *)
(IP-SMC (PP (NP (N ケーキ))
(P を))
(NP-OB1 *を*)
(VB 食べ))
(VB られ)
(AXD た)
(PU 。))
(ID 18_misc_EXAMPLE))
(274)
わたくしの考えを述べさせていただきます。
( (IP-MAT (NP-SBJ *speaker*)
(NP-OB1 *hearer*)
(IP-SMC (NP-OB1 *speaker*)
(IP-SMC (PP (NP (PP (NP;{SPEAKER_1292} (PRO わたくし))
(P の))
(N 考え))
(P を))
(NP-OB1 *を*)
(VB 述べ))
(VB させ)
(P て))
(VB いただき)
(AX ます)
(PU 。))
(ID 1292_textbook_kisonihongo))
@ 次の図は,NP-SBJ がコントロールを行っている場合である。
(275)
死にたく思う。
( (IP-MAT (NP-SBJ;{DAZAI} *speaker*)
(IP-SMC (VB 死に)
(AX たく))
(VB 思う)
(PU 。))
(ID 96_aozora_Dazai-1-1940))
使役文(30.8節),使役受動文(30.9節),および間接受動文(30.10節)も参照のこと。
本節では CND または SCON によって曖昧性解消を受ける IP-ADV について述べる。 IP-ADV が CND / SCON ではなく CONJ による曖昧性解消を受ける場合, 上位の先行詞と(従属節中の)空要素との間の照応はコントロール関係とは異なる環境においてなされるものと考える。 この環境については,27節を参照されたい。
IP-ADV内に NP-SBJ が現れない場合, コントロールの受け手に対する上位の節からのコントロール継承は, 上位の節に項が示され,アクセス可能であれば, NP-OB2,NP-LGS,NP-OB1,NP-SBJ の順で行われる。 ただし,NP-SBJ は語順に関わらず常にコントロールされる側からアクセス可能なのに対し, 他の項については IP-ADV に先行するもののみがアクセス可能であると考える。
(276)
ランドセルは孫に,小学校に上がったのであげました。
( (IP-MAT (NP-SBJ;{SPEAKER_21} *speaker*)
(PP (NP (N ランドセル))
(P は))
(NP-OB1 *)
(PP (NP (N 孫))
(P に))
(NP-OB2 *に*)
(PU ,)
(PP (IP-ADV (PP (NP (N 小学校))
(P に))
(VB 上がっ)
(AXD た))
(P ので))
(SCON *)
(VB あげ)
(AX まし)
(AXD た)
(PU 。))
(ID 21_misc_EXAMPLE))
(277)
それを肝心綯のように細長く綯った。
( (IP-MAT (NP-SBJ *pro*)
(PP (NP (PRO それ))
(P を))
(NP-OB1 *を*)
(IP-ADV (NP-PRD (PP (NP (N 肝心綯))
(P の))
(N よう))
(AX に))
(ADVP (ADV 細長く))
(VB 綯っ)
(AXD た)
(PU 。))
(ID 256_aozora_Natsume-1908))
(278)
そのお菓子は,まずかったので弟にやった。
( (IP-MAT (NP-SBJ;{SPEAKER_20} *speaker*)
(PP (NP;{SWEET_20} (D その)
(N お菓子))
(P は))
(NP-OB1 *)
(PU ,)
(PP (IP-ADV (ADJI まずかっ)
(AXD た))
(P ので))
(SCON *)
(PP (NP (N 弟))
(P に))
(NP-OB2 *に*)
(VB やっ)
(AXD た)
(PU 。))
(ID 20_misc_EXAMPLE))
(74)
ビールはよく冷えていても飲みたくない。
( (IP-MAT (NP-SBJ;{SPEAKER_26} *speaker*)
(PP (NP (N ビール))
(P は))
(NP-OB1 *)
(PP (IP-ADV (ADVP (ADV よく))
(VB 冷え)
(P て)
(VB2 い)
(P て))
(P も))
(CND *)
(VB 飲み)
(AX たく)
(NEG ない)
(PU 。))
(ID 26_misc_EXAMPLE))
(280)
在庫はコンピューターで管理し、最新の資材を補充する
( (IP-MAT (NP-SBJ *pro*)
(IP-ADV (PP (NP (N 在庫))
(P は))
(NP-OB1 *)
(PP (NP (N コンピューター))
(P で))
(VB 管理)
(VB0 し))
(PU 、)
(PP (NP (PP (NP (N 最新))
(P の))
(N 資材))
(P を))
(NP-OB1 *を*)
(VB 補充)
(VB0 する))
(ID 94_newswire_KAHOKU_00082_K201402060A0T10XX00001))
(281)
寂しかったので私は友人を呼んだ。
( (IP-MAT (PP (IP-ADV (ADJI 寂しかっ)
(AXD た))
(P ので))
(SCON *)
(PP (NP;{SPEAKER_19} (PRO 私))
(P は))
(NP-SBJ *)
(PP (NP (N 友人))
(P を))
(NP-OB1 *を*)
(VB 呼ん)
(AXD だ)
(PU 。))
(ID 19_misc_EXAMPLE))
(282)
ギョッとして武士は足を早める。
( (IP-MAT (IP-ADV (VB ギョッと)
(VB0 し)
(P て))
(SCON *)
(PP (NP (N 武士))
(P は))
(NP-SBJ *)
(PP (NP (N 足))
(P を))
(NP-OB1 *を*)
(VB 早める)
(PU 。))
(ID 57_aozora_Kunieda-1925))
名詞修飾句が被修飾語に相当する空要素をもたないのと同様に,空所なし名詞修飾節(IP-EMB)は典型的には絵画名詞(走る姿), 内容名詞(年明けを目途とする計画),事態名詞(長男を失った経験,持ち直す可能性),形式名詞(食べたあと,回復するはず),機能名詞(チーターの走る速度)等に帰する命題内容を表す。
IP-ADV におけるコントロール継承(26.2節を参照のこと)と同様,IP-EMB でも上位の節からのコントロール継承は,それらが存在する場合,NP-OB2,NP-LGS,NP-OB1,NP-SBJ の順で行われる。 IP-ADV の場合と同様に,しかし IP-SMC とは異なり,スコープ階層中の IP-EMB に対する NP の位置がアクセス可能性を決める。 すなわち,主語が常にアクセス可能であることを除けば,コントロール元となる名詞句は IP-EMB よりも前に位置しなければならない。
(283)
手紙は太郎にここへ来たときに渡した。
( (IP-MAT (NP-SBJ;{SPEAKER_24} *speaker*)
(PP (NP (N 手紙))
(P は))
(NP-OB1 *)
(PP (NP (NPR 太郎))
(P に))
(NP-OB2 *に*)
(PP (NP (IP-EMB (PP (NP;{SPEAKER_CURRENT_POS_24} (PRO ここ))
(P へ))
(VB 来)
(AXD た))
(N とき))
(P に))
(VB 渡し)
(AXD た)
(PU 。))
(ID 24_misc_EXAMPLE))
(284)
二郎はたこ焼を熱いうちに太郎に渡した。
( (IP-MAT (PP (NP (NPR 二郎))
(P は))
(NP-SBJ *)
(PP (NP (N たこ焼))
(P を))
(NP-OB1 *を*)
(PP (NP (IP-EMB (ADJI 熱い))
(N うち))
(P に))
(PP (NP (NPR 太郎))
(P に))
(NP-OB2 *に*)
(VB 渡し)
(AXD た)
(PU 。))
(ID 23_misc_EXAMPLE))
(285)
試験を受ける前に、トイレに行った。
( (IP-MAT (NP-SBJ *speaker*)
(PP (NP (IP-EMB (PP (NP (N 試験))
(P を))
(NP-OB1 *を*)
(VB 受ける))
(N 前))
(P に))
(PU 、)
(PP (NP (N トイレ))
(P に))
(VB 行っ)
(AXD た)
(PU 。))
(ID 1111_textbook_kisonihongo))
(286)
小さかったころ私は犬を怖がっていた。
( (IP-MAT (NP-TMP (IP-EMB (ADJI 小さかっ)
(AXD た))
(N ころ))
(PP (NP;{SPEAKER_22} (PRO 私))
(P は))
(NP-SBJ *)
(PP (NP (N 犬))
(P を))
(NP-OB1 *を*)
(VB 怖がっ)
(P て)
(VB2 い)
(AXD た)
(PU 。))
(ID 22_misc_EXAMPLE))
コントロール継承を妨げる1つのやり方は,当該の環境の主語の上位節からの継承が許されない場合,NP-SBJ として *pro*,*speaker*,*hearer*,*arb* 等(6節を参照のこと)の適切な空要素を付加することである。以下の例では,IP-EMB 内部に *arb* が付加され,その節の主語が主節の NP-SBJ により束縛されることを妨げている。
(287)
私の趣味は料理をすることです。
( (IP-MAT (PP (NP (PP (NP;{SPEAKER_29} (PRO 私))
(P の))
(N 趣味))
(P は))
(NP-SBJ *)
(NP-OB1 (IP-EMB (NP-SBJ *arb*)
(PP (NP (N 料理))
(P を))
(NP-OB1 *を*)
(VB する))
(N こと))
(AX です)
(PU 。))
(ID 29_misc_EXAMPLE))
天候を表す述語のように,コントロール継承も新しい主語の束縛も不適切な場合がある。 このような場合,人手で *exp* とアノテーションすることによって,コントロール関係を防止することが出来る。 次に示すのは,述語「寒くなる」を伴う例である。
(288)
春子は寒くなると学校に来なくなる。
( (IP-MAT (PP (NP (NPR 春子))
(P は))
(NP-SBJ *)
(PP (IP-ADV (NP-SBJ *exp*)
(ADJI 寒く)
(VB2 なる))
(P と))
(CND *)
(PP (NP (N 学校))
(P に))
(VB 来)
(NEG なく)
(VB2 なる)
(PU 。))
(ID 12_misc_TOPTEN))
コントロール関係を許し,かつ,主語 NP が欠けている場合には,アノテーションによって controllee の存在を明記しなければならない。そのために,空要素の付加が必要になるのである。
同一指示である非主語項が上位の節と従属節の両方で明示されていない場合, 空要素 (NP-SBJ *pro*) を上位の節に明記し,さらに, 空要素,例えば,第一目的語であれば (NP-OB1 *pro*) を両方の節に明記する。 また,上位の節の (NP-OB1 *pro*) は従属節の後ろに置く。 加えて,両方の節の (NP-OB1 *pro*) に対して束縛情報を加える。
(289)
ダウンロードして印刷すれば、学校や家庭で手軽に取り組める。
( (IP-MAT (NP-SBJ *pro*)
(IP-ADV (NP-OB1;{FILE} *pro*)
(IP-ADV (VB ダウンロード)
(VB0 し)
(P て))
(CONJ *)
(VB 印刷)
(VB0 すれ)
(P ば))
(CND *)
(PU 、)
(NP-OB1;{FILE} *pro*)
(PP (NP (CONJP (NP (N 学校))
(P や))
(NP (N 家庭)))
(P で))
(ADVP (ADJN 手軽)
(AX に))
(VB 取り組める)
(PU 。))
(ID 55_newswire_KAHOKU_00097_K201402230A0T20XX00001))
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